小話2
大切だった。
だからそのまま封じ込めた。
弱かったのだ、そして臆病だったのだ。
攫う勇気も守り抜く力もなかった。
命を賭して行くのに連れてゆけないなんて只の言い訳に過ぎない。
本当に強ければそんなモノ跳ねのけられた。
そんな弱い自分の報いとして。
振り向かなかった男は永久に置き去りにされた。
「あちいな…」
誰に言うともなく思わずこぼれた。
真夏とはいえまだ早朝といった時間なのに既に蝉が鳴き始めている。
この調子だと昼からはジリジリと暑い日になるだろう。
墓石に水をかけて持ってきた花を生ける。
白い、可憐な花。
本当は知っていた。
病弱で控えめだけど、強い女だった。
なのに都合よく見ないフリをして弱い、儚い女として心に凍らせた。
いつまでもそのまま美しく記憶の中で飾るために。
こんな男の何処が良かったのだろうか。
「いっそ俺が只の馬鹿な男だったらな」
お前を簡単に傷つけて、俺は酷い男になりお前は俺を見限れて幸せになれたろうに。
中途半端に小賢くてプライドだけは高くて。
何かが欠けたまま、その欠片を埋める鍵は失われた。
線香を上げてその細長く立ち昇る煙をぼんやりと見送る。
「さて、帰るか」
時間と時期が早いせいか、人影も見かけない。
まああえてワザとこんな時に来てるのだか。
逃げているのかもしれない、お互いに。
今では日常生活ではまるで何事もなかったかのように過ごしている。
だだ、触れない。
時折近藤さんが気遣わしげな目でこちらをみてくるが何も言わない。
他の者にいたっては緘口令でもひいているかのようだ。
まるで存在すらなかったかのように。
あの時、病院で総梧は泣いたと聞いて少し安心した。
以前のあいつなら壊れていたかも知れない。
今更馴れ合いたい訳でもないけれどいつか、一緒に来れるだろうか。
強くありたいと思う。
強くあって欲しいと想う。
共に生きたいのか逝きたいのか。
「どこまでも馬鹿な男ですまないな」
たとえ一分一秒でも。
俺より長生きさせてやるからそれで勘弁してくれ。
そして相変わらず振り向かない背中を線香の煙だけが静かに見送った。
因果応報
「あねうえ」
細い、柔らかな白い花が揺れている。
姉上にぴったり似合う花だ。
盆と彼岸、自分が来る数日前には必ず備えてある。
誰が持ってきたかなんてわかりきっている。
あの男だ。
一度も振り向かなかった男。
決然と。
許せなかった。
姉上を苦しめて、結局最後まで。
姉上を微笑ませて逝かせた男。
わかっていた。
二人とも大事に想っていたことくらい。
あいつか中途半端に姉上の事を構っていたらそれは優しさではなかった。
でも、そしたら俺はあいつをぶん殴って終われたのに。
馬鹿みたいに不器用なくせに。
阿呆みたいに意地っ張りなくせに。
「馬鹿は俺か…」
他にどうしようもなかったって事くらいわかっているのに。
アイツが嫌われ役を買って出てくれてるのをいいことに、結局今でも割り切れていない。
時折近藤さんが困ったような、それでいて優しい目で俺を見る。
あの人にだけは心配なんてかけたくないのに。
「姉上…」
近藤さんの同行を断って、一人で来たものの。
「俺はまだ何にも変われちゃいねえ」
まだだ。
たとえ剣の腕前が追いついても、あの男の背中にはまだ追いつけない。
あの大きな掌を振り払うばかりで、差し出す勇気を理解できない。
振り払われた痛みをわかろうともしていない。
姉上と近藤さんだけ居れば良かった世界はもう崩れてしまった。
そよそよと萎れかかった花が風に揺れるのを自分が持ってきた花と入れ替える。
「それなら俺が新たな世界を作り出してやるぜィ」
一蓮托生
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